日記、ところにより妄想。
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ちょうど小学校に上がる頃でしたか。夜中、買い物に行きたいとわがままを言って、親を外に引っ張って行って困らせていた時、駐車場の近くの街灯に白い影のようなものが横切ったのです。
足のない、オーソドックスなシルエット。 ビビった僕は買い物に行く気など失せて、家に戻りました。 今にして思えば、当時トラウマだった「ねないこだれだ」という絵本の幽霊を幻視しただけだったのかもしれません。 さて、そんなエブリデイマジックな時期などとうに過ぎ、大人になった白武には霊感というものがかけらもありません。 霊的現象に関しては全体的に否定、部分的に肯定というスタンス。 悪魔の証明的に、幽霊が存在しない証明はできないので、別に存在しても良いけど、基本的に関わりがないからいてもいなくても一緒じゃろ。向こうから干渉してくるなら、こっちだって干渉できるんじゃい。作用反作用なめんな。という、本当に詠命剣奏を書いたのかというくらいドライです。いや、ある意味、生者と死者が手を取り合うという設定の下地か? そんな白武なので、仕事していて一番困るのは幽霊がらみの相談だったりします。 「夜中、寝ていたら幽霊のおばあちゃんが手を握ってくるんです……」 なんて、夜中の4時に起こされた日にゃもう……。 握ってくるなら握りつぶせ、殴殺しろ! なんて言えれば楽なんですけどね。 傾聴と共感はカウンセリングの基本だけど、ごめん、共感できん。こんな好戦的な職員ですまん。 しかし、理解できないなら理解できないなりに、幽霊という存在は理由によって成り立っていると思うのですよ。 幽霊になった理由。君の所にくる理由。君の手を握る理由。 その理由を知らずして、悪と決め付けるのはいかがなものか。 「君はおばあちゃんと仲が悪かったの?」 「いいえ。良好でした」 「だったら、君にとりついて殺すことはないんじゃないかな。色々悩んでいる君を心配して見に来てくれたんだよ。だから、君が思い悩まず、楽しく生きることが一番の除霊なんじゃない?」 と、ハートフルにまとめました。 しかし、おかげで寝れずじまい。おのれ、幽霊。来るなら僕の所に来ればいいものを。除霊するとか言って休んでやるのに。 とりあえず、塩でもまこうかしら。 PR
本屋には足しげく通うものです。思いもしない新刊に会えるのですから。
というわけで、最近買った本。 浦沢直樹・勝鹿北星・長崎尚志著「MASTERキートンReマスター」。 あのMASTERキートンの二十年後を描いた続編、待望の単行本化。 相変わらずのクオリティに感激です。個人的に「誰かに読ませたい作品」でベストスリーに入りますね。なりたい大人としては今のところナンバーワンかな。 どこかで書いた気もしますが、キートンで好きな話はいくつかありますが、その中の上位に「貴婦人との旅」は間違いなくランクインします。 この話における、老婆の最後の言葉。 「あなたは今時、珍しい青年ね。礼儀正しくてとても優しい……あなたみたいなひとを本当の貴族というのよ」 実にキートンの本質を射抜いているとは思いませんか。 時間があればまたじっくり読み返したいなぁ。 あ、もともとはフルメタの新刊が欲しくて本屋行ったんですがね。
いやあ、今週の城戸指令はかっこよかった。恥知らずなマスメディアを叩きかえすというシチュエーションはいつ見ても胸がスッとする。
重箱のすみを突くみたいにさぁ。何もやってない人間が、現場で一生懸命頑張っている人間を叩いてるんじゃないよ、まったく(自分のことは棚に上げる)。 それ故、修くんの「僕はヒーローじゃない。誰もが納得するような結果は出せない」という言葉には感銘を受ける。 そう。人間はその時々で出来ることを、精一杯やるしかないのだ。最善の対応が、最良の結果になるとは限らない。だから、ヒーローは頑張るんだ。 就労している身としては、当たり前のことなのにね。 あ、そういえば十二月ですね。十二月も地獄らしいよ、ふふふ(遠い目
白武先生、ちょっと絵を描きたい気分。
絵っていいよねぇ。ものにもよるけど、完成速度が小説やゲームの比じゃないよねぇ。完成させたって達成感を味わいたいなら絵だよねぇ。 絵描き、白武士道に舞い戻るか!? ここ最近、創作意欲に燃えている白武。今年、最後の最後で何か残せるか。
唐突なんですが、三すくみって美しいですよね。
AはBに勝ち、BはCに勝ち、CはAに勝つ。この力関係の美しさは素晴らしい。 最も有名な例がじゃんけんでしょう。 グー(石)はチョキ(はさみ)に勝ち、チョキはパー(紙)に勝ち、パーはグーに勝つ。 その他の例としては、「ヘビはカエルを食べ、カエルはナメクジを食べ、ナメクジはヘビを溶かす」というものや、「狐は庄屋を化かし、庄屋は猟師を雇い、猟師は狐を撃つ」というものも。ポケモンで言えば御三家がそうですね。火は草を燃やし、草は水を吸収し、水は火を消す。 じゃあ、武器または職種の三すくみはなんなのか。 職種で有名なのは、歩兵>騎兵>弓兵>歩兵の三すくみでしょうか。しかし、個人的に騎兵はちょっと卑怯じゃなかろうか。歩兵や弓兵に比べてコストの面で不公平だと思う。歩兵にしても弓兵にしても自分の身一つで戦っているのに、なに馬なり戦車なりに乗ってんだ、みたいな。 また、ファイヤーエンブレムでは剣>斧>槍>剣の三すくみがあり、テラバトルでは剣>弓>槍>剣の三すくみがあります。 いや、納得できんな。前者は、槍が剣に勝つのは理解できるけど、槍が斧に負けるってどういう理屈だろう。後者に関しては剣が弓に勝つ要素がまるで感じられない。 ちょっとそこで白武考えた。 戦士>盗賊>狩人>戦士の三すくみはどうだろう? 白武的に戦士は白兵戦最強である。剣あるいは槍と鎧を装備した戦士の高攻撃力、高守備力の前に小型の武器しか使えず、小細工を弄す盗賊に勝ち目はない。 盗賊は敏捷値と危険感知に長けている。素早い身のこなしで矢を掻い潜り、狩人が潜むポイントを見つけ出して、次の矢を番える前に仕留める。 狩人は身を潜め、遠距離から狙撃する。戦士は力が強く、頑強だが鈍重で、回避が心許ない。一発、二発は耐えられても、蜂の巣にされる運命からは逃げられない。 一応、成立してないかな? かな? いや、もしかしたらどっかで似たようなこと書いてあるかもしれないけど。 あ、心技体の三すくみも考えたけど、自分的に納得できませんでした。 柔よく剛を制す的に技が力に勝つのは簡単にイメージできるけど、技が心に負けるイメージがつかないのですよ……。 強靭な精神力の前には、小手先の幻惑技など効かぬ!って解釈もありなんだけど、その強靭な精神はさらに強靭な肉体に勝てないっていうのもなぁ……。 心の強さが力の強さを凌駕するという少年マンガ的な設定に毒された白武としては、心よりも力が勝つという図式に抵抗感があるのですよ。 じゃあ、逆に、心が力に勝ったとして、力が技に勝ってしまうというのも日本人的に受け入れられないんだよなぁ。 いや、言葉としては「柔よく剛を制す、柔よく剛を断つ」ですよ。日本人は前半分しか使わないことが多いですが、スポーツや格闘の世界では、どうしても体格的に劣ってしまうから技術を磨くしかなかったのよね、この島国の変態民族は。 誰か納得させるような説明をしてくれんかね。 これをうまく今水面下でこっそりしていることに組み込みたいんだが……。 |
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1985/12/07
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F県に棲息するナマモノ。
創作家になれるよう、亀の歩みで成長中。
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